青葉の橋涼み

自己紹介になるような日記を。

ブログを再開してみる、きっかけは特にない。

こんにちは。藤川あおばです。
久しぶりすぎて、「90日以上更新されていないブログです。」と表示されてしまった・・・!

前回書いた”もう1本のブログ”なるものも作ったのですけれど。
その直後に体調を崩し入院するなどしてしまい、頓挫してしまいました。

ついでにSNSデトックスをして、ブログもTwitterFacebookも、入ったばかりだったサロンも一切つながず・・
・・・ああ、嘘。ときどき覗いていました!
でも書き込みは、勇気がしぼんで全然できませんでした。

年度が明けて仕事が落ち着き。(異動なし、続投。辞めてもいないよ!)
季節も進み、再び気力が戻ってきました。
フラフラあちこちを向くわがモチベーションよ・・風見鶏もびっくり。
けれども、それさえ仕方ないと受け入れつつあります。それも含めて私なのです。
できるときに一生懸命やればいいじゃない。
そんなにしょっちゅう、一生の命を懸けてられません!

これまで何をするにも「一筋の方針を決めなければ」「有益なことをしなければ」と常々あせっていた私。
入院を機にSNSデトックスと人間関係の取捨選択を行って、今はすがすがしくこの記事を書いています。

なお、体調はほぼ快復。
明るく元気に生活を送り、プライベートも大切にしながらゆるく暮らしています。

「ああ、落ち着いてるなぁ」と思ったら何かを書きたくなったので、ココに居ます。
なにもきっかけはないけれど、ブログを再開してみたいと思います。

”もう一本”は「No Title」のままで残してあるけど、これまでどおり「青葉の橋涼み」がフィールドでいい気もしている。
ふらふらと、やりやすい方法を探しつつ、好きなことを書いてみます。

重たい内容の記事はいっそ消しちゃいたいなぁ。
でもコメントやスターをいただいた記事は消したくないなぁ。
・・なんて思いつつ。
突然記事を消したり、加筆修正したりと、何かしらの整理をするかもしれないです。
んー、どうしましょ!おいおい決めますね。

ほんとうに、とりとめもない文章。ふふ、楽しい。

ネガティブに負けないために。ブログを一本増やします!

こんばんは。藤川あおばです。
このところ、仕事も私生活も不調で不平不満が多くなっていました。


この町の規模がそうさせているのか、仕事と私生活を切り離すことがむずかしい環境にあります。
職場に頼れる人がいる、友達もたくさんいる、私生活で知り合った人たちと仕事をすることもある。
これはすごく楽しいことで、マイナスに考えたことはありません。


仕事・私生活・この土地への愛着がある中で、いつも「仕事を辞めてしまいたい」と苦しくなる心。
原因がわかりました。
仕事。私生活。そのどちらにも悩みがあって、各々がもう片方の領域にしゃしゃり出てきて悪循環になっている。


対策のようなものが見つかったので、書きます。


仕事と私生活は切り離す。「悩み」にはそれぞれの領域を侵害させない。


人生って大きく ①仕事 ②私生活 の二つに分かれますよね。
そして悩みは尽きない。オールハッピー!とはいかないわけです。


そんな中、悩みの取り扱いを誤ると、まじでやばい。人生真っ暗。
片方の悩みをもう片方に持ち込むことで、①も②もボロボロになってゆく。
イコール、人生ボロボロ。恐ろしいことです・・・


「切り替えがうまいか下手かで人生が決まる」と言われますが、ほんとそれ。
私には無理って思ってましたが、切り替えの技術だけは身に付けるべき。
得意とか不得意とか関係なく、手に入れなければならない。


ボロボロになるのは片方だけにしたい。
人生を構成する要素の半分が機能してくれていれば、少なくとも取り返しがつかないほどの損失を負うことはない。
私、ガチでこの技術を身に付けようって思います。


最近の私:愚痴が多く、キレやすい。

このところ、憤りを直接爆発させたり、その直後に「こんなことでキレてしまった、もう消えたい」と落ち込んだり、目まぐるしい。
衝動的かつ自虐的な精神状態を、いつもいつも渦巻かせていました。


そしてお決まりの寝れない・食べれないの2コンボで、健康状態まで黄信号。
仕事でも私生活でも、不平不満だらけ。
いい大人なのに、胸の内にしまっておけない。


上司にも同僚にも家族にも友人にも、嫌な思いをさせていたと思います。
けれども、甘えが過ぎる私の話を、怒らず叱らず、ただ聞いてくれました。・・・本当にありがたい。

親しい人たちやお医者さんは、こう言ってくれました。
「これまでその場で怒れず自分の中で抱え込んでいた藤川さんが感情を即出せるようになった。成長したんだよ」と。


前向きに捉えればそうかもしれないけど、素直に落とし込めず、なおおさまらない感情の渦。
眠れない夜が続き、情緒不安定になり、電話で愚痴り、ラインで愚痴り。
新しい誘いは断って家にこもり、ひたすら悶々と考え事をして布団に入る。


仕事での悩み、私生活での悩み、その両方にまたがった悩み。
その3つが落ち着き冷静になって、今、「もう周囲に嫌な思いをさせたくない」と強く思いました。


アウトプットの内容が、圧倒的にネガティブ優勢。ポジティブ惨敗。

「嬉しい・楽しい」は胸の内にしまっておけるけれど、「悲しい・つらい」は溢れてしまう。


嬉しいことがあった時・楽しいことがあった時。
余裕があって周囲の反応にも敏感になれるので、あえて自分の話をしないことが多い。


悲しいことがあった時・つらいことがあった時。
余裕がなくて周囲を思いやることができないので、決壊したように感情が溢れ出す。


私は、職場関係の人や友人に日常のエピソードを語ることが苦手です。
相手はそんなに面白くないかもしれないし、自分も話しても話さなくても大丈夫だし・・というストッパーが働く。
話すときは「どうでも話なんですけど・・」と予防線を張ってから話し始める。(笑)


けれども、問題が起こって心が圧迫され、感情の風船が破裂したとき。
それがどうしても、表情、言葉、態度に出てしまう。
自分で自分を受け止めきれなくなってしまう。誰かに理解してほしくて仕方がなくなる。
弱いなぁ。本当に弱い人間です。


ポジティブ・エピソードには前述のストッパーが働くのに、ネガティブ・エピソードは一定を超えると勝手に溢れ出す。
だから、アウトプットの内容がポジティブよりもネガティブのほうが圧倒的に多い。


しかも、アウトプットという行為が引き起こす心へのインパクトがすごい。
アウトプットすればするほど、感情が強化される。
「話す」「表現する」というのは自分以外の誰かを巻き込む行為だから、影響力も半端ないですね。


言ったことは消せない。そして、強化され続ける。悪循環への入り口です。


ポジティブ・エピソードでネガティブをやっつけろ!ブログもう一本つくります。

嬉しい・楽しいをすごく疎かにしている状態。
ぐいぐいと表に出てこない控えめな「ポジティブ氏」には目もくれず、我の強い「ネガティブ氏」にばかりかまってしまっています。


周りも私の「嬉しい・楽しい」「頑張ってること」「自慢したいこと」をよく知らない。
話してないもの、知りようがないよね。


というわけで、ポジティブ専用・・・というか、日記みたいなブログを一本つくろうと思います。
こっちは「頭の中」「自己啓発」の雑記。新しいのは「娯楽」の雑記。


新しいほうは名前も変えて、facebookと連携したツールにしたいと思います。
本当は「青葉の橋涼み」でやりたかったのですが、「辞めたい」「辞めない」等、仕事のことを色々書いてるので、ちょっと不都合。
こちらのブログは基本はリアル向けには公開せず、メンタルのこと、仕事観のことなどを整理する場として残します。


脳内が丸裸にされているこのブログ、そしてTwitter
感じたことをそのまま書いているので、知り合いに読まれる怖さはあります。
けれども、このまま残す。
どこかでつながることもあろうかと思うけれど、あえて隠す・消すという行動は逆に不信感を呼ぶ気がするので。
何より、自分が後ろめたくなってしまうから。


ちゃちゃっと作って、こっちにもURL載せます!
ドキドキの試みです。

あんちゃさん著『アソビくるう人生をきみに。』の感想 by現役公務員

こんばんは。藤川あおばです。


昨日のあんちゃさんの書籍発売イベント全国行脚in函館、めっちゃ行きたかった・・・。
仮日程を見て全力で日程を空けていたのですが、1日後ろにズレた模様・・・
イキって申し込んでいた職場の研修とかぶった。
保険かけてやめておけばよかった・・・悔しい!ほんと悔しい!!


いやいや!研修終わってからレンタカー借りて、JR &路面電車の時間無視して向かえば間に合う!と思ったものの。
いやまて早まるな、命が危ない。(by半ペーパードライバー)
あえなく断念。・・・悔しい!ほんと悔しい!!(2回目)


今日は、悔しさをバネに!
そして札幌開催(2月17日!)が決まった喜びを胸に!!
稼ぎの話になると尻込みしがちな私・公務員、公開する勇気が出ずにモチャモチャしていた記事をアップします。

『アソビくるう人生をきみに。好きなことを仕事にして、遊ぶように生きる人生戦略』(KADOKAWA)、読了。


フリーランスと公務員ってけっこうな対極にあると思うのですが、それでもあんちゃさんの考え方に心底共感。
実行できるところから取り入れていきたいと思いました。


私自身の話がメインになっちゃったんですけど、全部本を読んで感じ取ったことです。
読者の感想の一例としてご覧いただけたら幸いです。

「ずっとまわりに流されて生き続けるの?」はグサリと刺さった

「選択する」という行為の大切さを教えてくれる章です。
私は自分の力で選ぶことができる!という確固たる自信があれば、何も怖くなくなるのかもしれない。


大きな組織で働いていれば特に、「どうせ自分が何したって変わらない」って諦めてしまいがち。
くさっていじけてしまうこともあるけれど、選択することを絶対諦めちゃいけないって思いました。


私は完全に、流されて公務員になったクチです。
勤めている市役所に入った理由は、「この町が好き、ここで出会った人たちとまた会いたい!」それだけ。
(試験の日フラフラ観光してたときに出会った人たちとは今も仲良し)


それ以外の動機は、安定した給料・福利厚生と休みの多さ。
いや、それさえもロクに考えていなかった。
「公務員を選んでおけば家族や友達も納得するだろう」と周囲に流された典型です。
絵に描いたみたい。


何も、仕事自体にこれっぽっちもやりがいを感じないわけではありませんし、幸い私は同僚や上司に恵まれています。
一度は「辞めてやる!」と叫んだ私ですが、今は「公務員やりながら余暇は徹底的に自由にやる」という方針でいます。]

【関連記事】

忘れたいけど忘れたくない。「こんな仕事、辞めてやる!!」と心が叫んだ、あのときの出来事。 - 青葉の橋涼み

2018年。サラリーマンを続けながらも、私生活を存分に楽しむ! - 青葉の橋涼み


「残業をしない」「ランチをあえて一人でとる」「会いたい人たちに会いに行く」。
選択、選択、選択。毎日は選択の連続。
人目を気にしていたら遠慮してできないことも多い。けれど、選んで行動を変えないと何も叶わない。


一度は企業に就職し、退職を決断して人生を選び直したあんちゃさん。
そんな彼女が書いた言葉だからこそ、余計に説得力を感じるんだろうなぁ。
「自分で選んだことは必ず自信につながるよ」と、人生のレールを敷き直そうとする人の背中を押してくれます。

私ももっと「選択する」という行為を意識して生きていかなければならないと感じました。

公務員には悩ましい・・・「好きなこと」をお金に換えるという考え方。


稼ぐって基本的には「信用」と「お金」の交換だよね、というお話をされています。
『「好きなこと」をお金に換える。』この章では、このように書かれています。

人がお金を払うときは、その払う対象を信用している証拠なんです。


そしてマクドナルドのハンバーガーやルイ・ヴィトンのカバンを例に、

みんな、「これは信用できるからお金を払って買おう」と思うのです。
だから、稼ぎたいのなら、まず信頼を勝ち取ること。


ここで、公務員的稼ぎについて考えを巡らせました。
もしかして・・・公務員の稼ぎって、唯一「信用」の対価としての稼ぎに当てはまらないものなのではなかろうか。


一般的に、サービスや商品を提供する職種では、先に信用の提示があって、後から稼ぎが伴う。
でも、公務員は先に稼ぎ(支払うことが義務とされている税金)が約束されて、後から信用を提供する。みたいな構図ありませんか?
公務員の稼ぎにはそんな特殊性があると感じました。


公務員も、安定して毎月同じくらいの金額が入ってくるサラリーマン。
なんとなく違和感を感じたとしても、見ないふりでがむしゃらに働いています。
そこで、「給与と自分の仕事に対してトータルで納得できているか?」という視点はとても大切。


仕事をすることは、稼ぐこと。
公務員の仕事・給与の関係性に対する見方が変わりました。
我々がもらっている給料に対して、自分なりの視点を見つけないとね。
私は稼ぎに見合った労働を提供できているのかな。

違和感を感じながら仕事をしている人は読んでみて!!


「誰かが敷いたレールではなく、自分自信で敷いた新しいレールを進もう」。
最初から最後まで、一貫して「自分のレール」を進むための方法が書かれています。


今回は特に印象に残った章2つに絞って紹介しましたが、これだけじゃありません。
人間関係のコンパクト化やメンタルの持ち方など、あんちゃさん流のノウハウが詰まった一冊です。


特に、真面目&真面目な真面目っ子ちゃんは必読!!
ひたむきに周囲の期待に応えてきたとして、今が幸せならよいのです。
けれども、今の暮らし方に息苦しさを感じていたり、本心で歩みたい道があることに気付きながらも見て見ぬふりをしている人は、この本を読んでほしい。


今現在会社に勤めながらフリーランスを目指している人はもちろんですが、私のように公務員(サラリーマン)を続けるつもりでいる人にとっても一読の価値ありです。
凝り固まった価値観がほぐれて、視野が少し広がるかもしれませんよ。


祝・札幌開催!参戦?するするー!!


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私は嬉しい。あんちゃさんが、本人の出身地で出版イベント。
特別すぎるライフイベント。
叶って本当によかったねって思います・・!


函館はやむをえず諦めたので、札幌は何がなんでも行きます。
雪でJRもバスも止まったとか絶対にやめてね。
私は車がほとんど運転できないんだ。(切実)


風邪、インフル、食べすぎ、飲み過ぎ。
天候以外にも、行く手を阻むものはたくさんある。
あんちゃさん、参戦予定のみなさん、健康に・安全に会場まで来られますように・・!

違和感の輪郭を確かめ続けている。

こんばんは。藤川あおばです。
仕事に戻りました。

心配していたのとは裏腹に、意外とソツなくこなせるもので。
安心して帰宅して、一息つきました。

・・・無事に、新しい一週間が始まった。
いつもどおりの月曜日を迎えられたことに安心する。

でも、未だ胸に残る違和感。
「このままでいいの?」って誰かに裾を掴まれているような。
同じ道を進むことを引き止められているような。

今日はそんな話をポソポソと語ります。
なんの結論もないけど、こんなこと考えてる。

すんなり業務に戻れた、いつもと同じ数の決裁を回した。

およそ5日間、まるまる仕事を離れて毎日泣いていた。
何にも縛られず、遠い町で寝たいときに寝て、起きたい時間に起きて、フラフラと目的もなく漂流する。

こんな贅沢な数日間とは対照的な日常生活が、いつもどおり幕を開けた。

時間に縛られながら、いつもの町で早起きするために早く寝て、始業時間に間に合うよう起床、一直線に職場へ向かう。
仕事に行くのだから、もう泣いていられない。

大阪から戻る前、私は社会に戻れるのだろうか、、なんて本気で心配していたけど、蓋を開けてみるとどうってことはなかった。
朝起きて外に出れば、私はオートメーション。
驚きの早足で、サクサクと職場へ向かっていった。

サボりの休み明け。仕事は難なく回っていた。
自席についたら、先週ちっとも予定どおりに進まなかったスケジュールを組み直す。
全員ハンコを押し終わった決裁に目を通して、一番端っこに、形だけ私の押印。
団体さんに約束していた物品を用意して、あとは毎月お決まりの伝票を切る。
どんどん決裁バサミを消費する。くるくるくるくる、回っていく。

職場にぽっかり空いていた私のスペースは、まるで型抜きクッキーをくり抜いたみたいだった。
逃げて帰ってきた自分の輪郭が、やわらかく、アッサリとなじんでいく。
いつもどおり動けることに安心したけれど、さっそく焦りを覚えてしまった自分もいる。

・・・元どおりなんて、嫌だ。

何度も繰り返し襲ってくる違和感は、果たして本物なのか。
まだまだ結論は出せない。

「スピードアップ」卒業。スピードダウンで頑張ります。

こんばんは。藤川あおばです。
心が混線してやむにやまれず、4日間ほど遠くへ逃げて、そして帰ってきました。

・・・このところ、ちょっと急ぎすぎていたかもしれないな。
心配してくれた友人に「明日からはスピードダウンで頑張ります」とラインを打った。

私は、小学校1年生の通知表に書かれた『「スピードアップ」で頑張りましょう』の文字が忘れられない。
でもあれから20年、大人になった私が今度は『「スピードダウン」で頑張ります』なんて書いている。
正反対。面白いなぁ。

自分を縛ってきた評価や価値観も、余計なものから手放していかなければね。
大人だから、できるよ。
そんな話です。

遅れがちだった小学校時代。大人になっても「スピードアップ」が追いかけてくる。

私は幼い頃からドジなうえに心配性だったので、失敗したり、何度も確認しすぎて、周りのみんなに遅れをとっていた。

小学校1年生の授業。
アサガオの種をプラスチックの鉢に数粒植える、という至極シンプルな課題に取り組んでいた。

なにかと遅れがちであることを自覚していたので、早く植えようと急いだ。
すると焦って種が指から滑り落ちてしまい、黒い土の上でどこにあるかわからなくなってしまった。

探しているうちにほかのみんなはどんどん植え終わって教室に戻っていく。
また最後になっちゃった・・・。涙が溢れてきた。
担任の先生は「どうしてそうなっちゃうかなぁ」と言って、一緒に種を探してくれた。

そして、その年の通知表に書かれたのが「スピードアップで頑張りましょう」というコメントだった。

それからずっと、何をするにも「スピードアップ」と自分に言い聞かせてきた。
私は人より遅いから、と、いつでも焦っていた。
周りに遅れをとらないように、神経を張っていた。

大人になり仕事を始めてからは、スピードと同時に正確さを求められるようになった。
スピードに対する劣等感と同時に元来の心配性がいたずらをして、もうヘトヘト。
なんだか、どこまでやっても周囲についていけていないような気がした。

先回りできてる。速さへの劣等感に終止符を。

今回、突然糸が切れた感じで、黄色信号が灯ってしまった。
休みをすすめられ、4日間、知っている人が誰もいないような遠い場所で過ごした。
まったく予定外の年次有給休暇を使っての旅行。完全なるサボりである。

元気だった私が先回りで仕事を終わらせておいてくれたおかげで、すぐに休みに入ることができた。
向こう1週間のスケジュールはすでに組んであったので、引き継ぎもスムーズだった、と思う。
提出モノの締め切りも落とさなかった。

・・・あれ?できてる。先回り。

今まで盲目的に「私は遅い人間、人よりも急いでやらなければならない」と言い聞かせてきた。
劣等感とともに過ごした20年間だった。
けれどもそういえば、上司から事務処理が速い、と褒めていただいたことが何度かある。
自分自身の先入観が強すぎて、その言葉さえ簡単に流してしまっていた。

小さい頃の「遅れた私」はもういない。

合格点は自分で決めるもの。

子どもの頃、とりわけ小学校では、親や先生をはじめとした周囲の大人の評価がすべてになる。
他の子どもと比べて劣っている能力を指摘され、追いつくよう大人に働きかけられる。
大人が穴を見つけて、子どもが土を運んで埋めていくイメージ。

穴というのは大抵、平均を下回っている欠点。平均的にできていれば、特に何も言われない。
逆に、穴が見つかったとして、それを埋めてもあくまで「フツウ」に追いつくだけ。
特に褒められる類のものではなかったりする。

大人がするのは、穴に気づかせるところまで。
土を運んでせっせと埋めるのは、子ども自身の努力。
手を止めるのも、その子自身の判断で。

不合格のラインはハッキリ決められているのに、合格のラインは提示されない。
合格点=手を止めるラインは自分で決めなければならないのである。

「スピードアップ」の文字がいつも私を追いかけていて、ずいぶん長い間劣等感に囚われていた。
周囲をよく見ているほうだと自負しているけれど、正しく見ることはできていないものだ。

私は、おそらく求められる「フツウ」に到達していた。
けれどもずっと土を積んでいたから、今度は手を止めるのが怖くなっていたように思う。

自分像を更新しよう。子どもの頃に貼られたラベルを大人の自分が書き換えるのだ。

子どもが大人に下される評価は「周囲との比較」が軸になっていることが多い。
特に幼稚園〜小学校の頃は、個性と社会適応の狭間にいる時期。
大人のほうも尊重すべきポイントを迷って、見誤ったり、心ない評価を下してしまうかもしれない。

だから自分が大人になってから、立ち止まって評価をつけ直すことがすごく大事。
自分自身で、正しい評価軸を引き直すこと。冷静に、正確に。

十何年間も行動を積み重ねてきたんだ。
あの頃の自分とは絶対的に違う存在になっている。

子どもの頃の自分と大人になった今の自分は、まったく別の自分である。
ピカピカのラベルを貼って、古いラベルは捨てて、胸を張って生きてゆきたい。

* * * * * * * * *

混乱の中過ごした4日間の終わり。
無意識に打ち込んだ「スピードダウン」という言葉がやけに腑に落ちた。
息を切らし走り続けた20年間に「たいへんよくできました」の◎をつけてもらえたようで頼もしい。

フェイクスマイル。その笑顔は誰のためのものですか。

こんにちは。藤川あおばです。

「つらいときこそ笑うんだよ。
笑ったら気持ちも明るくなるから。」

そう言われますし、色んな本にも書かれてますし、私もそう思って笑ってきました。

でも、「笑顔」がずいぶん強迫めいたものになっていたなぁ、と思ったので、笑うことについて考えてました。

私の笑顔は家族の太陽だった、らしい。

我が家はそこまで仲良し仲良しではなかったので、冷戦状態になることが多かった。
数週間〜数ヶ月、非常に不穏な空気が流れる。
そして何がどうなってかわからないけど、みんな元通り笑ってる感じ。
祖父が亡くなる高校時代まで、1年の半分は冷戦状態だったような感覚だ。

こんな書き方をしていると、まるで祖父が原因みたいだけど、違う。
我が家の構成員たちの関わり合い方が、絶望的に下手くそだった。
たぶん、子どもである私たちの独立により、家族がひとり、またひとりと減っていくにつれて、実家は平和になっている。

いざこざの原因は、たいてい両親と祖父、または親戚との間のものだった。
「家」の行事であるお盆と正月は必ずケンカになって、ある年には包丁が出てきたこともあった。
誰も死ななかったし、傷も負わなかったけれど。
あれはなんだったんだろうね。なかったことになっている。

少し変な家だったけれど、私は家族の太陽になるために、どんな空気でもなるべく笑っているようにしていた。
親に言われたのである。「あんたが笑ってないと、家の中が暗くなる」と。「太陽みたいなものなの」と。

本来、家族がケンカしていたら、子どもとして悲しい気持ちになるのは当然だと思う。
けれども、それは許されなかった。
「関係ないのに、どうしてあおばが泣くんだ」と怒られていたから。(きっと両親は否定するだろう)

おそらく、父も母も、自分たちのことで精一杯だったから、子どもが泣くと面倒だったのだと思う。
えらそうに言えば、二人とも親として未熟だった。
子どもである私の涙なんて受け入れる余裕がなかったのだ。

そうして私は、しばしば部屋でワンワン泣いてから、笑顔を作って居間で食事をとるようになった。
部屋にこもるといじけているように見えて怒られるんじゃないかと思って、あえて雰囲気最悪の居間に残り、いつもどおりフツウの顔をして座っていた。

泣きそうな本心をゴミクズみたいにぐしゃぐしゃに丸めて、笑顔のお面をかぶり続けていた。

よく笑うひと、にはなれたけれど、ときどきすごく不安になる。

私は比較的たくさん笑う。
いやらしい言い方だけれど、どんな嫌な人にも笑いかけることができる。
だから他の人からはそっぽを向かれているような人に好かれて、つまり面倒な人に好かれて、ドツボにはまったりもする。

先日、「愛嬌がない」と言われたときに、一気に「愛想笑いに愛想が尽きた」と言えばいいか。
とにかく、他人のために頑張って笑っても得することがない、と実感した。

「愛嬌がない」のエピソードとリンクして、前述した実家で無理やり笑っていたときのつらさを思い出して、ここ数日すごく落ち込んでいる。
実家でさえ、「笑うこと」が義務だった。
私が家族のことで泣けば、両親のやるせなさを増幅させるだけ。
だから私自身のやるせなさは封印しなければならなかった。

その延長で、私は外でも笑っていた。
笑えなくなることが途方もなく怖い。

社会への入場券は「笑顔」です。ニセ札歓迎、とにかく「笑顔」を手に入れてください。

「人と会うときは、必ず笑っていなければならない。」
どうしても笑えないときは、罪の意識さえ感じていた。
仕事中はもちろん、友達と会うときも家族に会うときも笑っていなければならない。

すなわち、社会とつながるための条件は、どんなときも笑っていること。
「笑顔」という名の入場券がなければ、社会に存在する資格が得られないみたいだった。

そんな強迫めいたフェイクスマイルを、これからも続けていくことができるのだろうか。
いや、もう無理だろ。

ほんとうに楽しい時だけ笑いたい。

吉本新喜劇を観た。
お金を払って笑いに行った。

一人だったから、友人に気を遣って合わせて笑うこともない。
つまらなかったら仏頂面でいるつもりだった。

けれども、芸人さんたちはほんとうに面白くて、笑って、泣いて、また笑っての繰り返しだった。
どうして泣いたかというと、こうして腹から笑えることが心底幸せに感じたから。

客はお金を払っている。芸人さんたちは、観てもらうために芸を磨いている。
お互いに自分のために全力で笑い、笑わせ、という空間が心地よかった。

観劇中にこぼれた笑顔は、ここ数カ月で一番純度の高い笑顔だったように思う。

え、私、大丈夫?社会に、戻れる??

今は道を歩いていても涙が滲んでくるし、知らない誰かと話して笑った直後だって泣けて泣けて仕方ない。

笑いたくないのだ。ほんとうに。
心が「笑いたくない!!!!!」って叫んでいる。
笑うことを拒否している。
本音で笑えることしか受け付けられなくなってしまった。

だから実家とも連絡をとることができないし、社会人に戻るのが怖い。
愛想笑いなんてドブにぽいって捨てて、いっそ無表情で過ごしたい。
退場しないといけないのかなぁ。

もう笑わなくてもいいですか?

「がんばらんで大丈夫」。上司、知人、友人、さらには大阪のおじさんもそう言っているのだから、信じてみようと思う。

こんばんは。藤川あおばです。

スーパー・ブルー・ブラッド・ムーンの夜に、大阪のおじさん2人と飲んだ話。
文中の関西弁は、雰囲気で。

なんでここにいるんだろう、と考えながら歩いてたら、二人のおじさんに会った。

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夜の小さな飲み屋街。
ここって自分の町から何キロ離れてるんだろー。なんでこんなところ歩いてるんだろなぁー。
頭の中で独り言を言いながら、とある立ち呑み屋が目に入った。

「今日は皆既月食らしいで〜!!」と言いながら写メを撮るお客さん。

そうだった、今夜はスーパー・ブルー・ブラッドムーン。
30何年に一度だったか、すごく珍しい月が見られる夜だった。

店員さんの掛け合いから、雰囲気のよい店なんだろうな。
今夜はガヤガヤしたい気分。あとで寄ろう。

一度通り過ぎ、夕食を別の店でとって戻ると、あいにく満席の様子。
50代前後と見える常連客らしい男性2人が、中に向かって「二人なんやけど、入れるかー!」と声をかけているのが見えた。

今日は諦めよう。私は気にならなかったような素振りで退散しようと思っていた。
すると、「一緒に行きます??」と唐突に声をかけられた。
私もちょっとは迷えばいいだろうに・・・間髪入れず、実は入りたかったんです、と言って仲間に入れてもらうことにした。
「ほらほら、そうや思ったんよー!!」
再び中に向かって、「三人、いけるかー??」と伝えてくれた。

・・・私もまずまず年頃の女である。
一般的には、もう少し警戒する必要があったのかもしれない。
「おいおい大丈夫かよ」と突っ込みたくなる友人たちもいると思う。
でも、別々に店内に入っても、きっと結果は同じことじゃない?
隣にいたら、喋っていたと思うし。
特にいやらしい感じも受け取らなかったので、ご一緒させていただくことにした。
二人とも、まさか本当についてくるなんて思わなかっただろうな。

白ワインと梅酒、スルメキムチに磯辺揚げ。話題は結婚、そして仕事の話。

遠くへ来たものである。
ここには誰も知っている人はいない。
なんでも言える。

20代後半の女性に振る話題はやはり「結婚してないの?」「しないの?」という鉄板ネタ。
私は、しません、向いてないと思うので、と答えた。

ひとりの時間を大切にしていること。
そうしなければ自分を保つことが難しいこと。
だから家庭をもつことはできないだろうということ。

「それじゃあ今は結婚して辞めるっていう選択はないよなぁ」という話から、話題は仕事へ。
むしろ、仕事の話を聞いてほしかったから、私の方から振ってしまったところもある。
気持ちがドロドロ溢れてしまうのだ。今日も、ここに来るまでに何度泣いたかわからない。

どこまでやっても頑張りが足りない気がすること。
手を加えられる部分が目についたら放っておけないこと。
できないくせに完璧主義だから、いっぱいいっぱいになるのだということ。

今の上司は、頑張ったらその分評価してくれる。
環境に問題はない。私の問題だ。

二人は言った。
「適当でええんや!頑張らんでも、なんとかなるもんやで」と。
「休んだって、周りがなんとかしてくれるしな」と。
・・・今まで何度も何度も言われた言葉だ。上司から、同期から。
声をかけてくれる人がいなくて苦しんでいる社会人が、この日本にどれだけいるの?
私は本当に恵まれている。なのに。それなのに。

手を抜くことができない。
家に帰っても仕事のことを考えてしまう。
あれをやらなきゃ、これをやらなきゃ。
自己満足が、自分を苦しめる。

自己満足が自分を苦しめている。

業務上、流していいところまで突き詰め過ぎている自覚はある。
どうしても気持ちがわるいのだ。
見えたものを見過ごして、それでできたことにしてもいいのだろうかって。

ブログでもTwitterでも重ねて書いているけれど、私は「早く帰りたい」。
1日の終わりは、ひとりで静かに自分に戻りたい。
もしも残業が続く部署に行ったら、元に戻る時間が足りなくなってぶっ壊れると思う。

時間を確保するために、自分を「普通」に保つために、私は仕事を高速化する。
係の仕事がうまく回るように、邪魔をしないように、少しでもプラスになるようにって意識している。
なんだか、そうしないと罪悪感につぶされてしまうのである。
「みんな」が気になる。潰れるくらいなら気にしなきゃいいのにね。

「早く帰るために完璧を目指す」。
それももう潮時かもしれない。

近くにも遠くにも、「頑張らんでいい」という人がいる。ということは、本当に本当に、そうなのだ。

「頑張らなくても、なんとかなる」。
身近な上司や同僚、友達も、そう言っている。
それどころか、偶然一緒に飲んだ大阪のおじさん二人だってそう言っている。

今回嬉しかったのは、「公務員だから休んでこんなとこ来てるんでしょ?甘いことを」って一喝されなかったこと。

「公務員は勤務条件に恵まれているから、文句を言っちゃいけない」。
「休んで甘えて、お前は何を考えているんだ」。
そう言われるかもなぁ、って思ってた。
学生時代からの友人の一部からはそう言われたし、公務員叩きみたいな風潮もだいぶ緩やかになったとは言え、声は気になってしまう。

でも、そんなふうに言って一番追い込んでいたのは、周りではなくて私自身なのかもしれない。
あほか。しんどいったらありゃしない。

私、とりあえず追い込むのやめるよ。
適当にやって、適当に切り上げるよ。
それがどうしてもできなかったら、、、どうしようかな。
今はよくわからないや。

そういえば、月がすごく珍しい夜だったっけ。(2回目)

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おじさん2人と話すのに夢中で、スーパー・ブルー・ブラッドムーンを写真に収めるのを忘れていた。
皆既月食になる前の、欠けた写真しか撮れなかったなぁ。
けれども、それ以上に有意義な時間だったと断言できる。

何十年か待てば同じ月を見ることができるけれど、2人とはこの日・この時間しか交わることができなかったのだから。

読んでいないのはわかっているけれど。
田舎の小娘の愚痴を、ただの一度も否定することなく聞いてくれたお2人へ。
本当にありがとうございました。